HAPPY-Medi・・・糖尿病な私と医療のハザマ

幸せな医療?                               ~Happy mediume~どちらかに偏らず程よいこと                    

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雲の晴れ間

ふむふむ。
やはり体が軽いと、心にも余裕が出てくる(様な気がする)

インスリンを人前で打つのに、ドキドキしなくなった
(別に今までひた隠しにしていた訳ではないけれど

少し雲が晴れてきた感。
しかし、その原因は決して「体調(インスリン)だけ」ではなくって。

「何で今更1型
・・・と言うマイナスの思いを昇華させるには
その陰で、主治医との対話があったからこそ。
いや、そもそも「ランタス変更」も主治医の指示だった訳ですが

やはり主治医は、とっても重要な要素と、しみじみ致しました。

糖尿病って自己管理の病気(=患者次第)と言われますが、
主治医(病院選び)も、自己管理のひとつ。
しかし、良い先生を求めて病院を転々。。などと
医者・患者どちらかに力が偏っても、きっと上手くいかない。
うーん、ムツカシイです


それはさておき。
1型診断以降の診察時には、毎回1ネタ(時間を考慮)。
納得できない(受け入れられない)思いを、主治医に伝える

「前医には、妊娠希望がなくなれば飲み薬に戻すって言われたのに」
「今後、インスリンは出なくなるのですか?」
「やっぱり1型なんですか?(ひつこい)」などなど。。
(嫌な患者だ

そうすると、今の主治医は嫌がらず丁寧に、
そして客観的事実を、誠実に話してくれる
「次の患者さん、待ってるけど。。まぁ、ちょっといいか」何て言って。

その内容は、毎回毎回「自分は1型だ」と刷り込まれている様で(笑)
決して楽しい話ではないけれど、
この対話が、ココロの回復を少し早めたのではないか、と

(思い起こせば、転院前の病院では先生に取り付くシマ、なかったよな~

しかししかし。
この「雲の晴れ間」も一時で。

これでやっと落ち着くかな~と思った矢先に、また別の体調の変化が…
なんでこーなるの(苦笑)

(次回へ続く。って当然だ)

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表裏一体

「病(やまい)は気から」と申します。
「びょーき」は、「病気」と書く

調べてみると、「気」には色々意味があるようです。が、しかし
「病気は、心の持ちよう(で良くなる)」「ストレスが病気の原因だ」等
精神的な影響が体に及ぶと言うのは、よく聞く言葉

そして、当然この反対もある。
「病気が良くなれば、心も軽い」「病気が原因でストレスとなる」

そう、こころと体(病気)は表裏一体。
その影響のベクトルは、常に風見鶏の様にクルクルと・・・


2型から1型へと診断が変わって、もう少しで1年。
1年前の今頃は、まだ「インクレチン効かないかな~」何て考えてました
その後、どっかーんと谷に落ちてしまった訳ですが

その鬱々としたワタシの心を、その後、すこ~し上げてくれたもの。
それは、何か。


実は、意外にもインスリンでした。
(えっ。インスリンが嫌やったんとちゃうのん?
 なーんだ、って話です

と、今までブログにきちんとは書いてなかったかな
ここ数年、体調が良くない状態が続いてまして(当然か)

何せ、すぐに倦怠感がおこる
酷い時は、本当にその場に座りたくなる。
仕事帰り、どこかで休憩しないと帰れなかったり
急に痩せたり、吐き気や不整脈も出たりなどなど、生活が萎縮してしまって。。

血糖値との関係は、今ひとつよく分からず
年のせいか、精神的なものなのか、謎で辛かったのです

それが。
1型と診断された事で、何故か主治医は
「レベミルが無くなり次第、ランタスへ変更」との給うたのです

そして、その日がやってきた。
春先、レベミルが無くなって、ランタスを初注射(ドキドキ)

すると、何と言う事でしょう!(笑)
2日後位から、何だかめちゃめちゃ体が軽いのです
なんでなんで~

別にレベミルに不満を持ってた訳ではなかったので
正直「何でわざわざランタス?」と思ってましたが、
お出掛けしても、途中で倦怠感を感じることなく帰宅出来たのです
(なので、ランタス様

わーい。何だか嬉しい
これがきっと、普通の人の状態なんだ

確かに、この際「型」なんて関係ない!
ここ数年の案件、倦怠感が解消されたので、よかったではないか!

では、1型と言われて、よかったのでは、、ないか・・・??
いや、もし倦怠感の原因が、基礎インスリンだったとして。
「インスリンを打たない治療」と言うのは、もうあり得ない。
ならばいっそ、もっと早く1型と診断されていれば、
この体調不良に苦しんだ時間は、もっと短くて済んだのかもしれない・・・

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ここは教科書通り・・・

またもや、年が明けてしまう
何でしょーか、このスローペースなブログ
ま、即時性の現在社会にちょっと反抗してるって事で(言い訳

うつうつとした事を、大晦日に書く
何と新年にふさわしくないブログなんでしょう・・・

そうです。
ひつこいですが、1型と言われてその後。

周りの人にはボツボツと
「実は1型だったみたい・・・」何て悲愴的に言ってみる。

長年の夢?
「2型患者」では参加し辛かった、若い人向け(≒1型向け)の
「患者の集まり」と言うものに、ようやく参加してみる

しかし、一向に気は晴れない

主治医からは「ラピッドは自己調節して」て言われたけど、
そんな気分にもなれない(適当にはしてますが)。
体調もすぐれず、他の人すべてが自分より良く思え
自分だけが「カヤ」の外にいるようだ

桜の季節を迎えた頃にはとうとう
日常生活でも、何もする気力がなくなってしまった あぁ・・・

そして相変わらず読み進められない、1型DM向けの本。。


しかし、何気にある日。
ぴらっとめくってみると
病気の受け入れとして、キューブラー・ロスが唱えたと言う
「悲嘆の五段階」なるものが目に飛び込んできた。

  1.拒否(私はそんな病気ではない。ウソだ)
  2.怒り(何で私がだけがこんな病気になった!?)
  3.取引(よい治療法があるはずである。治るはず)
  4.抑うつ(何もしたくない。どこにも行きたくない)
  5.受容

うむむ、何だこれ
正しく私、この過程そのままちゃうのん( ̄□ ̄;)!!

  1.拒否~「1型なんて、ウソだ
  2.怒り~「1型と言っても、私って典型的じゃなくて翻弄されたし
  3.取引~「だから、インスリン以外の治療もいけるかも?」
  4.抑うつ~「お出掛けする気にならない・・・」 ←今ココ

何と何と
ここまでくれば、どうやらあとは「受容」らしいぞ。
出口は近いか。やったー

・・・って、物事そんな単純に行くんかいって
だいたい、私の糖尿病の発症やその経過は、よく分からない
教科書的ではないと思う。

でもでも、なんだ。
メンタルな事は「教科書」そのまんま何て。
ここは、分かりやすい様です

んじゃあ、次の段階「受容」も、このまま教科書的に行くんだよね
ここだけ外さないで、お願い。

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1型・2型のハザマで

~つづきです~

1型宣告を受けて、数日(ってもういつの話しやねん

2型から1型と診断が変わって。
お医者さん言わせれば、
「1型か2型かは、そう問題じゃない」と言うことらしいが…

しか~し。
そのフクザツな心情を、もう少し書かせて頂きます
不快な思いをされたら、ごめんなさいm(_ _)m


世間では、糖尿病と言うと
「その人の生活習慣が悪い」と言うイメージをお持ちの方が、まだまだ多い。

私も、20代で2型糖尿病と診断され「生活習慣病」に仲間入り。
引け目を感じ、劣等感にも苛まれ
病気になった原因も、コントロールが悪いのも
「自分のせい」と、逃げ場がない感じだった

しかし、1型と診断されたとたん
主治医の「あなたは悪くない」と言うお言葉。

じゃあ、2型はやっぱり自分が悪いのかってツッコミつつ
気持ちがラクになった気がしたのだ
何と言うか、1型は逃げ場あるのかなぁ、って。

「私は、生活習慣病とは違う糖尿病なの」って言う、
ちょっと悲劇のヒロイン的に、発病に関しては自分を責めないで済む。

だから。

あくまで「私の場合は」ですが
1型と言われた事で、病気の事を話しやすくなったし
「後ろめたさ」と言うのが、少し軽減されました

(本当は、型に関係なく偏見の無い世の中になって欲しいのですが・・・)


じゃあ、何。落ち込んだ気分はすぐに戻ったかって??

いやいや

人間都合のいいもので、2型に未練を感じ(なんじゃそりゃ
ひつこくも、たまたま抗IA-2抗体陽性の2型ではないかと妄想。

かと思えば、情報を求めてフラフラと立ち寄った本屋では、
今までは「2型なんだし」と見向きもしなかった
1型向けの本を買ってみたものの、冒頭ページ

「いずれのタイプであっても、大部分は経過とともに
 膵島β細胞破壊が進行し、インスリン依存に至ります」

を読んだだけで、怖くてもう読み進められなくなった。

インスリングッズ達が、嫌なものに見えてきた。
今まで以上に血糖値にナーバスになって、凹む。
ぷつっと糸が切れそうだ。

やはり1型は基本、(今のところは生涯にわたる)インスリン補充の覚悟がいる。
その覚悟が出来てなかったのだと、実感した。

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転院後の経過(1型診断まで)③

早くリアルタイムのブログにしたいところ…
ちょっと飛ばして参りましょう

3回目の診察の前に、検査にだけに訪れた日。
またしても「耳ダンボ事件」発生。

採血で待っていた私の横で、おばあちゃん同士(患者さん)
の「ヤマイばなし」が始まった。

最近の調子は?から始まり
主治医のセンセは誰?に話が及んだ。
どうもお2人とも、糖尿で罹っているご様子。
「□□センセ?あの先生も優しい先生や~。私は○○センセ」

ここで私、耳ダンボ(○○センセ:私の主治医)

「○○センセも優しいな~」
「そやねん。しかも一人あたりの診察が長いから
 診察が遅れて遅れて…」

ふむふむ確かに。そんな傾向アリアリ
それは、初診の時から感じていた事。
そう、診察時間も長いから、ブログも長くなっちゃうのだ
(責任転嫁)

それはさて置き、今日の検査は「食事負荷」なるものをする。
朝食前・後に採血、血糖とCPRを測ります。主治医の指示で、
前日の晩のレベミルも、朝のラピッドも抜き。
       (↑1回ぐらい抜いても、死なへん。との事


さあ、果たして「インクレチン」は適応なのか
数日後、ドキドキして訪れた診察。

ところがかっくし
CPR(外注検査)の結果が未だだったのだ。

でも、血糖値は食前で190、食後で307。
尿ケトン体(2+)

アレレ?朝食前が既に高いぞ
自宅(起床時)は、150だったハズ。
そして不安になって昼前に測った血糖値が300と。
わ~ん、全然下がってないやん

この数値を見て主治医は
「う~ん、やっぱりインスリンはあんまり出てないんやろな~。
(つまり前回のCPRが低いのは、低血糖は影響してないと)
 今の感じだと、限りなく1型に近いとみてます。」
 
ぎょぎょっ。
何だか話があらぬ方向に
(確かに、カルテにも「1型糖尿病疑い」と大きく書いてあります)

私予想「インクレチンいけるかな~?抗体は陰性です
現 実「インスリン増量

何と言うことでしょう!(笑)
前主治医の初診時にも「インスリンの出は良くない」とは言われました。
でも、2型だし所謂「糖毒性」のための、一時的なものかと妄想してました。
血糖値が下がったら、膵臓君も復活してくれるかも…と(希望的)。

でも、もう元気な膵臓君は戻ってこない予感。
あぁ、だとしたら私は何てバカなんだろう
2型なのだから、きちんとしていればこんな風にはならなかったハズ。
自分で自分の膵臓を痛めつけて、悪くしてしまったのだ
自分が悪いのだ…

と、今までの自分の数々の悪行を悔いても、もう遅い。
「自己責任」と言う、責任転嫁できない事実が、ずしりと私にのしかかる。

「(インスリンが)足りなければ、補う」と言う主治医の言葉も
心の中で、錆びてしまう。
足りなくしてしまったのは、自分なのだ、と

(あ、結局全然「飛ばせて」ません)

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