HAPPY-Medi・・・糖尿病な私と医療のハザマ

幸せな医療?                               ~Happy mediume~どちらかに偏らず程よいこと                    

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ハザマな私

「私は糖尿病です」と告白した時、だいたい2通りの反応に分かれる。

「若いのに!」と言われるか
「1型ですか?」と聞かれるか、である。

当然どちらも悪意はない。
「若いのに!」と言うのはきっと
驚きと同情の様な感情からくるものだと思われる。
「1型ですか?」と言葉が出てくるのは、糖尿の知識が少しはある訳で
無いよりは有る方が、よき理解者たるかもしれない。

しかし、私はこの言葉をかけられた時
何故か気分が沈んでしまう。
不快、ではないのだが釈然としない気持ちになるのだ
長年、あまりこの感情について考えたことは無かったが、最近ふと思った。

つまりこの言葉はどちらも
「一般的な糖尿病のイメージ」が根底にある。
「若いのに!」は、糖尿病=生活習慣病=中年、と言うイメージ。
「1型ですか?」は、若年糖尿病=1型、と言うイメージ。

そして、私はそのどちらにも当てはならない
宙ぶらりんな患者なのだ。

糖尿の家族歴なし、ガリガリでもないが肥満でもない、
(発症当時)20代の2型糖尿病患者。

そう言えば発症当時の主治医は
「なぜ糖尿になったのかわからない」とつぶやいていたっけ。
血糖測定器のMRさんだって1型前提で話をされる。
技師さんからも「若いのに大変ねぇ」と言われ…

糖尿専門以外の医者にかかれば
大抵は少し間をおいた後「1型ではないのですね?」と
確認され、医者の「不可解」と言う感情が伝わってくる。

実際、どれくらいの割合でこういった患者がいるのか分からない。
思ったよりも多いかもしれないし、やっぱり少ないのかもしれない。
何にせよ、こういう事を言われる事で「私は普通とちがう」と思い知らされる。

私は今まで「普通」とか「皆と一緒」である事にこだわってきた訳ではない。
が、それは行動や生き方の領域であって、この点では
どちかと言うと個性的でありたいと思ってきた。
しかし、病気となると話は別かも。典型例、メジャー派でいい、と思ってしまう。

病院では当然、中年以降の患者が多い。
糖尿病外来では明らかに浮いている私。患者の会にも入りにくい。
反対に若い人がいても「1型かな」と思う。
そして1型向けの会にも参加出来ない。

糖尿病の中での孤立感。そして
「若いのに生活習慣病」と言うレッテルが劣等感を生む…
(20代で発症なら、10代で既に生活習慣が悪かったと言うのか?)

そう言った訳で、2通りの反応
「若いのに!」「1型ですか?」と言う言葉を聞くと
こういった感情-孤立感や劣等感-が心を駆け抜けるのだと思う。
そして、まだ糖尿な自分を受け入れられないのかも。

何を言うか!これ位の事で、と思われるかもしれないが…

これを克服するにはどうしたら良いのだろう?
何事にも動じない精神的な強さが必要だろうか。
常識にとらわれない寛容さが必要だろうか?

いずれにせよ、自分との対話が必要である。

(もっとも、最近では年齢が「若く」なくなってきたので
もう少ししたら一般的な糖尿病患者になると思うのだが)
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